●=インタビュアー:源原俊春 【2015.4.26】
ではまず簡単に自己紹介をお願いします。
え? 自己紹介ですか? 久しぶりだなぁ、そういうのは。
えーと、札幌在住の文章家・宮田ひろゆきです。
A型、おひつじ座、火星人、ペガサス、UFO信じます。
この4月に発表したものを含めて詩集を5冊自費出版しています。【http://muselection.stores.jp】
あと根っからのサブカル好きで、特に音楽と映画をこよなく愛しています。
ネオアコとギタポのDJをたまにやりますが、もう10年近くやっていません。
●ありがとうございました。
DJと同じブランクで10年ぶりとなる第五詩集がこのたび発表されましたね。おめでとうございます。
若干他意を感じますが、ありがとうございます(笑)。
●10年は長かったと思うのですが、宮田さんにとってこの10年はどのような期間でしたか?
全然長くなかったですね。あっという間の10年でした。気がついたらもう10年!?みたいな。
ただ言えることは、その前の10年からはあらゆるものが変化した10年でした。
公私ともに激変と言っても過言ではないほど変化しました。
まぁそれが良かったのか悪かったのか、自分自身ではよくわかりませんけど、
でもそれが自分の人生だったんだと今は思っています。変わるべくして変わったんだと。
この10年の間、病気もしましたし手術も何度か受けました。
肉体的にも年をとって、これまでにない程の疲労を感じたり、四十肩にもなりました(笑)。
カープ男子を名乗っているのにキャッチボールもロクにできなくなっているほど
肩も弱りましたし、体力的にもかなり落ちてきているように感じています。
以前は軽々飛び越えられたであろう水たまりにボッチャーンと落ちてしまうような、そんな感じです。
精神的にもだんだんと打たれ弱く、涙もろくなっています。
あぁこういうのが加齢って言うんだなぁとつくづく思います。
まぁそういったこともひっくるめて「天命を知る」年を越えてしまったということですね。
おっと、何だか暗い話になっちゃいましたね。すみません。でも別に暗い面だけではないんですよ。
これまでは見えなかったいろんな側面がだんだん見えるようになってきて、かなり生きやすくなりました。
元々悩みはそれほどない、というか抱えていたくないタイプだったので、
あったとしても感じないようにできる限り意識してきたんですけど、
年をとってからは諦観じゃなく、達観できるようになったっていうことが大きいですね。
要するに、シンプルに物事を捉えられるようになって受け入れられるようになったってことなのかなぁ。
まぁ若い頃にいいだけこねくり回していた論理とか構造とか
それこそ思想とかが、やっとこねくり回さなくても自分の腑にすとんと落ちるようになってきたので、
長く生きていると案外良いこともあるんだなぁって、最近感じ始めたところです。
あと、今作でクレジットさせていただいている皆さんには、
この10年の間で作品を作るきっかけや力や勇気を与えていただいて、本当に感謝しています。
何かのきっかけや動機づけがないと上げられないほど腰が重くなっちゃったので、
こんな僕にもいろんな形できっかけを与えてくださったことは、モチベーション的にとても重要でした。
●なるほど。この10年はあまり表舞台には出てこなかった印象がありますが、
本人にとって現在の立ち位置はいかがですか?
以前から意識していたのは、横断的にいたいなとは思ってました。
詩人だから詩だけを書いていればいい、ミュージシャンだから音楽しかできない、
映画監督だから映画馬鹿でいい、みたいな存在にはなりたくなかった。
だって中学生の頃から「頭の良い不良を目指すぞ!」とか、いきがってましたからね(笑)。
学際的な表現者、ポリバレントな人間でいたいなとは常日頃意識していて、
なので意図してサブカルオタク的な情報収集を心がけてきましたし、今後も継続していくつもりです。
まぁでも今の仕事もこれまでにない世界や社会を幸か不幸か体験できてますし、
そこから学んだり吸収したりすることも多いんで有意義な生活ではあります。
ただあまりにも表に出ない類いの職業なので、以前の知り合いからは「宮田は隠居した」とか、
「宮田は終わった」とか思われてるでしょう、きっと(笑)。
というか、今でも仕事や職業というステージで表舞台に立つことにはそれほど意義を感じないし、
やっぱり一人の人間、一人の表現者として輝き続けることが最も重要で、
自分が輝いているときは大体が文を書いているときだったり、
詩集を作ったりしてるときだったんで、それが10年なかったのは結構なストレスでした。
その輝いている時間を再び自分の元に取り戻すためには先ほど言った劇的な変化が必要で、
それでそれに順応して再び歩き始めるのに10年もかかってしまった、そんな経緯なんです。
やっぱり以前は詩集を出したり、音楽エッセイを雑誌に連載したり、マルチメディアの個展をやったり、
ネオアコやギタポのDJをやったり、映画に出演したり、演劇の撮影をしたりと、
若さや体力に任せて、ありとあらゆる方面にバンバン顔を出してたので、
表向きは派手に動き回っていたように思われていたのかもしれませんが、
本人はただやりたいことをやらせていただいていただけで、ほとんどが他力本願です。
誰かに「やりませんか?」と誘われて、器を用意された中に自分なりの成果を入れていくみたいな。
ですから知り合いは多い方だなとは思ってましたけど、
自ら表舞台に積極的に立とうという意欲みたいなものはまるでなかったですし、
これからもきっと立場上、いや年齢上、いやいや人格上、表舞台に立つことはないと思われます。
まぁとにかく、どっこい宮田は生きてますのでご安心ください(笑)。
●髪型や皺に年月を感じますけど、お元気そうで何よりです(笑)。
「生きてます」で思い出しました。宮田さんの書く詩には以前から
「死」をイメージさせるものが多いと感じていたのですが、
今作の装丁は黒と白のモノクロですね。これは何か意図したことがあるのでしょうか?
多いにあります。確かに「死」を想起させるような詩がこれまで多かったことは否定できないし、
今作にもそういった匂いは多少はあるかと思います。
まぁそれはSmithsやCureの影響とでもここでは言っておきましょうか。
もう80年代の精神性が纏わりついてしまっているので、きっと永遠に離れることはないのかな、と。
でも誰しもの元にいつか死は必ず訪れますからね。
そういう点においては万人共通の普遍的なテーマなんじゃないでしょうか。
あっ装丁の話でしたね。今作で黒を基調にしたのは、黒がすべての色を掛け合わせてできる色だからです。
これまでは第一詩集が紺、第二詩集がオレンジ、第三詩集が深緑、
そして第四詩集が銀+フルカラーといった具合にテーマカラーを毎回決めて展開してきたんですが、
これまでの集大成的な第五詩集は、過去の色をすべてひっくるめて混ぜた色、
つまり黒にしようと初めから決めていました。過去を清算し、前向きに行こうと。
色で表現したり、色に逃げることなく、モノクロームで勝負しようと。
以前の自分ではかなり勇気がいる決断だったかもしれないんですが、
コムデギャルソンの精神をちょっと人生に取り入れてもいるんで、潔さを全面に出しました。
これも加齢によるシンプルな思考のいい意味での顕れなのかもしれません、なんてね(笑)。
今回の黒の装丁は一部では「ゴスっぽい」と言われているようですが、
本人にはその気もそういった趣味も一切ありません。
かろうじてBauhausやSisters of Mercyをかじった程度かな(笑)。
ゴスよりはまだサイケの方が好きですし(爆笑)。
ともあれ精神性はあくまでもネオアコースティックです。断言します(笑)。
●そうですか。本当に音楽が好きなんですね。
ところで装丁などにあしらわれている手のイラストも印象的ですね?
これまでは自分以外の方が撮影した写真だったりタイポグラフィだったり、
自分で書いた詩と何かとを組み合わせて世界観を広げようと考えてきた部分がありました。
装丁もどちらかというとデザイン勝負だったりしてました。
でもよくよく振り返ってみるとイラストってなかったよなって気づいて、
ちょっと自分で描いてみようと思って、イラレでベジェ曲線を描いてみたら案外楽しくて、
意外とそれなりのものに仕上がって、できるじゃん!ってことで、即採用(笑)。
ジャケットをよく見ると発表当時の自分の年齢の「50」が隠されているとか、
アナグラム好きな傾向も露骨に出てますし、
カードの中には「コアラのマーチ」の「ラッキーコアラ」のような隠れキャラもあったり。
何せ誰に作れと言われたわけでもない自分の作品なので、自分がやりたいように好き勝手に遊んでます。
●イラストに呼応したかのようなタイトルも象徴的ですね?
逆ですね。タイトルが先にあって、イラスト化を思いつきました。
思いついたのが言葉で瞬間的に理解するのが難しそうなタイトルだったので、
イラストで視覚的なイメージを補完したんです。
それにしても『崇高なる脈絡の掌握』なんて、自分でも大きく出たなぁって思いますね。
何だか難しい哲学書みたいなタイトルだし。
ただ、この10年で本当にかけがえのない「崇高」なものを「掌握」したぞという感触がありましたし、
その手中にしたものが何らかの形ですべて意味的に、文脈的に繋がっていて、
それは紛れもなく「人生=life」という「脈絡」の元にあるんだなぁってつくづく感じています。
もちろん自分だけが特別な何かを掴んだというわけでは決してなくって、
「崇高なる脈絡」はすべての人の人生に共通して介在しているもので、
瞬間瞬間の決断や選択の積み重ねや幾多の出会いや別れによって形作られた人それぞれの「脈絡」は、
とっても「崇高」なものなんだと、この年齢になってあらためて感じ取れたんです。
「崇高」というとかなり神がかっていて近寄りがたいというイメージがあるかもしれませんが、
「気高くて尊いこと」と僕はドフトエフスキーの言葉を解釈していて、個々人で差異は当然あるものの、
「美しくてかけがえのないその人自身のもの」という考えの元に意図して使った言葉なんです。
意訳すると「美しくてかけがえのない人生が少しは把握できたぞ」という実に簡単なタイトルなんです。
それを大上段に構えて少しだけ大袈裟な表現にしたまでです。わかりにくくて申し訳ないのですが。
でも、人生をすべて把握、掌握することなんて到底できませんし、
もしできたとしてもそれは人生を全うした時にしか訪れないものだろうなぁと思っているんで、
あくまでも2005年から2015年までの途中経過、中間報告的な意味合いでして、
そういった過程で生み出された『崇高なる脈絡の掌握』というタイトルは、
この10年の自分の生き様を象徴する言葉の順列として結構前から自分の中にどすんと座り込んでいて、
全然びくともしなかったので、かなり前から題名に決まっていました。
この言葉は、カードにした詩の中にも英語のタイトルなどで特殊な存在として散りばめています。
●やはり過去作もそうですがなかなかいろんな意味でこだわりがありますね。
ところで今作の製作にはどのくらいの日数がかかったのでしょうか?
そうですね。昨年の夏に入院した直後くらいでしょうか? さぁ久々に作ってみようかとなったのは。
なので延べ8か月程度製作に費やしてしまいました。
Twitterで出会った多くの人々が、自分のやるべき仕事以外のいろいろな創作活動で
日々多忙な中でも必死に頑張っているのにとても刺激を受けたのもひとつのモチベーションになりました。
初めはトータルコンセプトに沿って、書き溜めていた文章の選定から始まって、英訳、デザイン、
箱やカードの発注、校正、家庭内手工業などなど、主に仕事の休みの日を利用して製作していました。
2014年はツイッターで個人的なプロジェクトを進行させていたこともあって、なかなかハードでした。
2015年に入ってからは第五詩集を多くの人が手にとってもらえるように、
製作と並行してプロモーション活動をツイッターなどで行ってきました。
『崇高なる脈絡の掌握』という大風呂敷を広げたタイトルに沿った詩はもちろん、
イラストや装丁や諸々すべてにきちんと関係性を持たせたかったので、製作課程は大変でした。
手の写真やイラストは、毎日目にしているものだからこそ、世の中で一番表現が難しいものなのかもしれません。
なのでイメージに合ったものになかなか巡り合うことができませんでした。
ならば自分でベジェ曲線を!と相成ったわけです。
年齢と同じ数の50枚のカードをまとめているグレーのゴムはすべて手縫いです。ちゃんとほつれ処理もしています(笑)。
カードホルダーにもなる丸くて黒い石は土を練って窯で焼いています。
手の中にすっぽり入る=掌握できる陶芸作品として、少しばかりの価値と重みを持たせています。
石の裏には個別に白い「インレタ」でナンバリングを施しています。
以前は文房具店に必ずワンコーナーでバーンと設置されていた「インレタ」って、
もうほとんどのお店からは姿を消していて、買いに行ったら全然なくって、
注文しなくちゃいけなかったのには正直驚きました。時代は変わったなぁって。
30年前にミニコミを作っていた頃は、まだワープロもそれほど普及していなかったので、
「インレタ」が体裁を整えるデザインの要だったのに、
って「インレタ」「インレタ」ってうるさいですね。
何を言ってるのかがわからない人は今すぐ「インレタ」で検索を!(笑)
●確かに「インレタ」ってもはや懐かしい存在ですね(笑)。
今、お話の中にも少し出てきました英語の件ですが、日本語と英語、2つの言語を
カードの両面に掲載しているのには何かこだわりがあるのでしょうか?
第三詩集から自分で書いた詩を英語にも翻訳して掲載するようにしています。
時代の流れとでも言いましょうか、ワールドワイドな展開を視野に入れて。
なんですけど、これまで海外に作品を送ったことは数えるほどしかないという(笑)。
まぁ全く誰からも求められていない、需要のない無意味なこだわりなのかもしれません。
それでも一人でも多くの人に手に取っていただきたいので、
英語圏の方にも自分の詩を届けられるような努力は今後も続けていきたいと思っています。
サイトでは過去にさかのぼって第一詩集から第四詩集の英語訳も掲載しています。
【http://blog.livedoor.jp/muselection-muselection】
とにかく英語が好きなんです。イギリス人に生まれてきたかったほどです。
イニシャルが同じな村上春樹もデビュー作は最初に英語で書いたものを日本語化したようなので、
そんなこともあって、ってどんなことだよ!と思われるかもしれませんが、
変な細かいこだわりはいつまでも持っていたいなと。
今回翻訳は古くから活動の趣旨を理解してくれている加藤真澄さんに依頼しました。
英語は好きで洋楽も毎日のように耳にはしてるんですが、
普段は全く英語脳を使わないので、以前鍛えた能力が衰えてきてまして、
ならば英語脳だけで日常を生きているようなファンキー加藤さんにお願いしようと(笑)。
お願いして大正解でした。ちゃんと意図や精神性をも汲み取ってくれて、とてもありがたかったです。
すごく感動した英訳もありました。こういう思いもよらない幸せが大好物なんです。
彼女には英語圏の友人もたくさんいるようなので、マーケティングでも若干期待しています(笑)。
●今作の詩の個別のタイトルは日本語2文字と短いですね?
そうなんです。そこもかなり潔く閃きだけでいきました。
これまでの4作品の個別タイトルは実は大好きなネオアコやギタポなんかの洋楽のタイトルから拝借してました。
オマージュというか忠誠心というか、少しでも近づきたい一心でというか。
もちろん曲名と詩の内容に親和性や親近感があるっていうことが
前提でのことですけども、洋楽とは長年付き合ってきただけあって、
とっても近いニュアンスが感じられて、あぁ同じ時代を生きてるんだなぁって思えて、
そのことが素直に嬉しくて、そのまま拝借しちゃっていたんです。
でも今回の第五詩集ではそのスキームから脱却してみようと。
せっかく映画も夫婦で2000円で観られる年齢になったんだから、自分の足でちゃんと歩かなきゃって(笑)。
ただこれは自分以外の第三者との関係性の構築自体を諦めたわけじゃなくって、
同行者の募集を辞めちゃったわけでもなくって、
やっと自分一人でどこまで歩けるかを試してみたくなった、というのが本当のところです。
確かにこれまではあまりにも他者とのコラボレートに意識が行き過ぎていた。
それを克服するには自分の作品を自分の手で最後まで作り上げるしかない、
第五詩集を作る今しかチャンスはない、そんな風に感じ始めたんです。
もしかするとこれが「終活」の第一歩かもしれませんけど(笑)。
第五詩集になって初めて自分の意志を持てた作品と言えるかもしれません。
実はそういう意味も込めて「石」を入れてみたんですけど、
それが「黒い石」だという。「腹黒い意志」みたいで、えい!技ありぃ~
って感じで、ヒム子じゃないんで全然笑えませんけどね(笑)。
●では最後に詩の本編について教えてください。
それが一番重要じゃないですかぁ! 何で最後なんですかぁ!
とか言ってますが、特に大したことを言える状態じゃありません。
まだ第五詩集が世に出てから少ししか時間が経っていないので、どうにもこうにも客観視できないんです。
実は過去の4つの詩集も20年近く経っても、いまだに100%客観視できていません。
第三者の作品に対してはあれやこれや批評めいたことは言えるのに、
こと自分の作品になると、からっきし駄目ですね。なーんにも出てこない。
まぁそれだけ自分の分身のように扱わざるを得ないというか、
親馬鹿というか、良し悪しなんて自分では絶対つけられないよなぁ、
誰かお願いしますよ!って開き直ってるんです。だって判断できないものはできないですもん。
無理矢理はダメです。自然体でシンプルなのが一番。
思ったこと、感じたことを、そのまま文字にして文を成していく。その繰り返しだけです。
その繰り返しで得たものこそが僕にとっての「崇高なる脈絡の掌握」に他なりません。
【http://muselection.stores.jp】
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コメント一覧 (2)
「インレタ」、小生も20代の頃は毎日POP作りで使っていた。
アルファベットは頻繁に使う文字以外が毎回余ってしまって
やるせなかったな・・・。
私見だが、人間が「崇高」と感じるモノは基本的に「自然」だと思ふ。
「無償の奉仕」や「善意」など「人間」の「行い」や「精神」にも
「崇高」なモノを感じる事はあるけど、「自然」の偉大さを認知して
しまうと、「人為的」なモノは霞んでしまう。
尤もココで言う「自然」とは、単に山や海などの事ではなくて、
「万物の法則」としての「自然」という意味だが。
次は源原俊春さんの作品を期待しています。若き日を回想した「私小説」で。
タイトルは「色欲に捉われた宮崎ひろきと、彼の逡巡の年」とか(笑)
SNS時代においては「リトルピープル」的役割を果たしています。
ですから公には活動していませんし、誰からも不可視な存在です。
そして麩菓子が大好きです。
「私小説」をいつか書くのは宮田ひろゆきさんの方だと思います。
宮田ひろゆきさんは冗談じゃなく芥川賞を狙っています。
そのような気概を持ち続けることで「Evergreen」を体現しています。
インレタの残骸は我が家にそれこそ山のようにあります。
今度この残骸を再利用してアート作品を作ってみようと思っています。
そう「リトルミヤタ」が耳元でささやくのです。
「崇高」。
手の届かないところにあるからこそ、
掌握した気分に一時的にでもなったことが嬉しかったのかもしれません。
まだまだですね。